ESSAY

10歳の刑事責任 — クイーンズランド州の子どもたちと、見えない構造

この記事は、MSWのコースで提出した政策提言レポートをもとに書いている。架空の団体による議会への提言という形式だったが、データも法律も全て実在する。


I. まずは数字から

2025年、クイーンズランド州は全オーストラリアの中で、先住民の若者の拘禁率が最も高い州だった。10歳から17歳の先住民の若者が拘禁される割合は、非先住民の若者の約21倍。

先住民の若者の人口は全体のわずか5%程度。21倍という数字がどれほど不均衡なものか分かるだろう。


II. 10歳という閾値

オーストラリアでは刑事法は各州が管轄する。クイーンズランド州では、Criminal Code Act 1899(QLD)の第29条により、10歳未満の子どもは刑事責任を問われない。

つまり、10歳から刑事責任が発生する。

10歳から14歳の間には、doli incapaxという法的原則がある。「悪を行う能力がない」というラテン語だ。この年齢の子どもが刑事責任を問われるには、検察側が「子どもが自分の行為が重大な悪であることを理解していた」と立証する必要がある。

理論上は保護のための仕組みだが、実態はそうではない。


III. 日本との比較

ここで一度、日本の制度と比較してみる。

日本の刑法第41条は「14歳に満たない者の行為は、罰しない」と定めている。刑事責任年齢は14歳だ。クイーンズランド州の10歳と比べると、日本の方が国連基準に近い。

ただし、日本の14歳という数字は進んでいることを意味しない。14歳未満の子どもは刑事罰を受けないが、「触法少年」として家庭裁判所に送致され、少年院に収容されることはある。制度の入口の年齢が違うだけで、子どもを施設に収容するという選択肢は残っている。

もう一つ、日本とオーストラリアで根本的に異なる文脈がある。オーストラリアには植民地化の歴史があり、先住民の子どもたちが21倍という圧倒的な割合で拘禁されている。日本の少年司法には、この種の人種的偏りに関するデータが公開されていない。外国籍の子どもや在日コリアンなど、マイノリティの子どもたちがどのような割合で少年院に収容されているか、統計として見えてこない。

そしてもちろん、見えないことは問題がないという意味ではない。

日本では近年少年法の厳罰化が進んでいる。2021年の改正で18歳・19歳は「特定少年」として成人に近い扱いを受けるようになった。世論は重大事件のたびに「もっと厳しく」という方向に動く。オーストラリアで起きていることの鏡を、日本に向けてみると、似たような構造が見える。


IV. 脳と法律のズレ

神経科学の研究は、前頭前皮質——衝動の抑制、結果の予測、道徳的判断に関わる脳の部位——が成熟するのは10代後半から20代前半にかけてだと示している。10歳の子どもに、自分の行為の法的・道徳的意味を完全に理解することを求めるのは、発達段階の観点からみて根拠がない。

オーストラリア王立内科学会も、2019年に「科学的根拠は14歳未満への刑事責任の適用を支持しない」と明言している。国連子どもの権利委員会の一般的意見第24号(2019年)は、刑事責任の最低年齢を14歳以上に設定するよう加盟国に求めている。オーストラリアは1990年に子どもの権利条約に署名している。

法律と科学と国際基準が、三方向からズレている。


V. 誰が捕まるか

doli incapax審査を受けた10歳から13歳の子どものうち、60%が少なくとも一つの精神疾患の診断を持っていた。11.3%が知的障害または後天性脳損傷を持ち、4分の3が過去に児童保護への関与歴があった。

この数字が示しているのは、子供たちに必要な支援が届いていないということだと思う。

先住民の子どもたちは、構造的不平等と植民地化以来の世代間トラウマを背景に、より高い頻度で警察の監視下に置かれる。同じ行為をしても、捕まりやすい子どもとそうでない子どもがいる。

クイーンズランド州で子どもが起こした犯罪のうち、暴力関連は8%に過ぎない。大半は財産犯。そして、10歳から13歳で初めて司法と接触した子どもの48.8%は、その後2年間で再び犯罪に関与しなかった。

司法制度への早期接触は再犯を防がない。むしろ逆で、「犯罪者」というラベルを貼られた子どもは、そのアイデンティティを内面化するリスクがある。


VI. Closing the Gap、という約束

2020年、オーストラリア連邦政府と先住民のピーク団体は、National Agreement on Closing the Gapに署名した。Target 11は、2031年までに先住民の若者の拘禁率を30%削減することを目標としている。

しかし、2025年の報告書は目標が達成軌道にないことを認めている。中でもクイーンズランド州では、むしろ状況が悪化している。


VII. 構造の問題として

授業ではBacchiのWPRフレームワークを使って、この政策を分析した。問いはシンプルに、「この政策は何を問題として設定しているか?」

刑事責任年齢10歳という法律は、問題を「子どもの行動」として設定している。個人の道徳的失敗として。

しかし、データが示す問題は別の場所にある。貧困、トラウマ、支援の不在、植民地化の継続的な影響。これらは個人の問題ではなく、構造の問題だと言える。個人を罰しても、根本の解決にはならない。


VIII. 何が変わればいいか

オーストラリア首都特別地域(ACT)は2025年に刑事責任年齢を14歳に引き上げた。オーストラリア人権委員会は、全国的な14歳への引き上げを求めている。

年齢引き上げだけでは十分ではない。代替となる福祉的・治療的支援への投資、先住民コミュニティ主導の早期介入プログラム、住居不安定に対処するための保釈支援——これらがセットでなければ、子どもたちは別のシステムに押し込まれるだけだ。

ソーシャルワークの倫理綱領は、人間の尊厳、社会正義、文化的安全を基盤とする。現行の法律は、これらと矛盾している。

制度の内側で制度を疑うことが、この仕事の難しさであり、同時に誠実な態度でもあると思う。

NOTES — 用語解説

LAW & POLICY — 法律・制度

刑事責任年齢
Minimum Age of Criminal Responsibility

刑事罰を科すことができる最低年齢。クイーンズランド州は10歳、日本は14歳、国連は14歳以上を推奨している。

Doli Incapax
ラテン語 — 「悪を行う能力がない」

10歳から14歳の子どもに適用される法的原則。検察側が「子どもが自分の行為の重大性を理解していた」と立証できた場合のみ、刑事責任を問える。

触法少年
日本の少年法における分類

14歳未満で刑罰法令に触れる行為をした少年。刑事罰は受けないが、児童相談所や家庭裁判所を通じて保護処分が下される場合がある。

特定少年
2021年少年法改正 — 18・19歳

2021年の少年法改正で新設された区分。18歳・19歳は少年法の対象でありながら、成人に近い扱いを受ける。厳罰化の流れの中で生まれた。

Closing the Gap — Target 11
National Agreement on Closing the Gap, 2020

2020年にオーストラリア連邦政府と先住民ピーク団体が署名した協定。Target 11は2031年までに先住民の若者の拘禁率を30%削減することを目標としているが、2025年の報告書では達成軌道にないことが確認された。

THEORY — 理論・概念

WPRフレームワーク
What’s the Problem Represented to be? — Carol Bacchi, 2009

政策分析の手法。「この政策は何を問題として設定しているか」を問うことで、政策に埋め込まれた前提や権力関係を明らかにする。

ラベリング理論
Labelling Theory — 社会学

「犯罪者」というラベルを貼られることで、その人がそのアイデンティティを内面化し、犯罪を繰り返すリスクが高まるという理論。早期の司法接触が再犯を増やす根拠の一つ。

世代間トラウマ
Intergenerational Trauma

植民地化、強制移住、家族の分離などの歴史的暴力が、世代を超えて心理的・社会的影響を与え続けること。オーストラリアの先住民コミュニティにおいて、現在の不平等を理解する上で欠かせない概念。

前頭前皮質
Prefrontal Cortex — 神経科学

衝動の抑制、結果の予測、道徳的判断に関わる脳の部位。20代前半まで発達が続くとされており、10歳の子どもに完全な刑事責任を求める根拠がないことを示す。

構造的不平等
Structural Inequality

個人の行動や選択ではなく、社会制度・法律・歴史的経緯によって生み出される不平等。先住民の子どもたちが21倍の割合で拘禁されているのは、個人の問題ではなく、この構造的不平等の結果だとみることができる。

INTERNATIONAL — 国際基準

子どもの権利条約
Convention on the Rights of the Child — 国連, 1989

子どもの権利を包括的に定めた国際条約。オーストラリアは1990年に署名。第37条は拘禁を「最後の手段」とすることを求めている。

一般的意見第24号
General Comment No.24 — 国連子どもの権利委員会, 2019

刑事責任の最低年齢を14歳以上に設定するよう加盟国に求めた勧告。子どもの発達研究の知見に基づいており、10歳という年齢は条約と矛盾するとしている。

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