「ワハッハハッハ」という、カッカバラの鳴き声で目が覚める。カッカバラは、和名でワライカワセミと呼ばれる通り、鳴き声が人間の笑い声そのものである。換気のために窓を開けると、暖かい風が部屋に入り込んでくる。クリスマスも間近に迫ってきた12月の中旬にもかかわらず、朝から30度を超える暑さだ。Sarashinaのお香に火を焚き、部屋の湿気を吸わせ、日課である朝の散歩にでかける。
オーストラリア、クイーンズランド州の南端に位置するクーランガッタはサーファーたちの聖地であり、高級リゾートとして多くのホテルや観光客向けの店が並んでいる。国際空港もあり、普段は人口6000人程度の小さな町だが、ホリデーシーズンはビーチ沿いのパブに休暇中の人が溢れ、街全体に陽気な気配が漂っている。
非日常に浮かれる人々を横目に、日常を繰り返す。
行きつけのカフェは、大型ショッピングセンターThe Strandの脇にある。クーランガッタにあるほとんどのカフェが12時前後に閉まるのに対し、オレンジ色を基調としていてやけに目立つこのカフェは14時まで営業している。テラス席が広く、カウンター席とWi-Fiがあるため一人でも落ち着いて長居できる。いつも通り7ドルのアイスラテを注文し、PCを開く。
他の街の例外に漏れず、クーランガッタの歴史も遡られるのは1800年代、キャプテンクックによるヨーロッパ人入植からだ。オーストラリアの街の歴史は、どこも驚くほど類似している。囚人の労働を基盤に、道路が引かれ、港が整えられ、土地は区画され、街が作られていった。そして、都市の名前が先住民の言葉に由来することも同じだ。CoolangattaはYugambehの言葉”Colungata”(=眺めのいい土地)から来ている。先住民の言葉が地名として残る一方で、彼ら自身の姿は街から消えていった。説明板には数行でまとめられ、博物館では過去形で語られる。現在形で生きている人たちの存在は、日常の風景からはほとんど見えない。
メールを確認して、Kindleで読みかけの小説を開く。つい先日、今学期分の大学の成績が発表され、次の学期の授業資料が公開されるまでのこの時間は、特にするべきことがない。パートタイムで介護士として働いているが、オーストラリア政府の決まりで学生ビザでは2週間に48時間しか労働が認められていない。何もしなくていい時間は、思っていたより扱いが難しい。締切も、次のシフトも、差し迫った予定もない。自由なはずなのに、どこか落ち着かない。最近はもっぱら、日本で話題の小説や雑誌を読んで時間を潰している。
日本との時差は1時間。クイーンズランド州はサマータイムを採用していないが、隣のニューサウスウェールズ州は10月から4月にかけて時計を1時間進める。そして、ここクーランガッタは州境の街。道を一本、徒歩で渡ると時間が1時間進んでしまう。目に見えないボーダーが、時計を通して可視化される。道を渡ったところで、地球の自転が早まるわけでも、太陽の位置が変わるわけでもない、ただ制度として時計が1時間進められる。先住民の人たちは、この土地でどんな時間を生きていたのだろうか。時間の区切りではなく、潮の満ち引きや、風の変化、鳥の声で一日を感じていたのかもしれない。時間は共有されるものであって、揃えられるものではなかったのではないか。そう考えると、州境で一時間ずれる今の仕組みは、どこか不自然に見えてくる。
小説のキリがいいところで、PCを閉じ、カフェを出る。州境を示す石碑の横を通り、ビーチへ向かう。スマホの時間は音もなく、気づかないうちに1時間先に進んでいる。海の向こうにはゴールドコースト中心部の摩天楼が熱に揺れて見えている。眺めのいい土地なのは、先住民がここをColungataと名付けた時から変わらない。
カッカバラは、その頃から、笑うように鳴いていたのだろうか。
Kookaburra — Dacelo novaeguineae
毎朝、けたたましい声で鳴いている。気づけばアラーム代わりになっていた。見た目はもふもふしていて可愛い。笑い声で目を覚ます朝は、悪くない。
お香 / Incense
オーストラリア土産の定番、Aesop。お香を炊く習慣は、こっちに来てからついた。焚いている間はあまり気づかないけど、帰ってきて部屋に入ると好きな香りがふっと香って嬉しい。お香立ては、Kim Wallaceのセラミック。
Coolangatta — Queensland / New South Wales border
クイーンズランド州とニューサウスウェールズ州の州境に位置する人口約6,000人の小さな町。国際空港があり、ホリデーシーズンはサーファーと観光客で溢れる。Yugambeh語の”Colungata”(眺めのいい土地)に由来する。先住民の言葉が地名として残る一方で、彼ら自身の姿は街からほとんど消えていった。
ショッピングセンター / Shopping Centre
Woolworthsが入っている。お酒屋、スシロール屋、ゲームセンター、映画館、ネイルサロン、タトゥーショップ。カフェが3店舗。そんなにいらない。
行きつけのカフェ
The Strand脇にある、オレンジ色を基調としたカフェ。14時まで営業しているのが貴重。風が気持ちいいテラス席と、一人でも落ち着けるカウンター席がある。週末は水着姿のキラキラした若者たちで賑わっているので、ダル着猫背でPC作業するには少し居心地が悪い。
AUD $7.00 / Ice Latte
オーストラリア人のコーヒーへの執着は異常だ。それぞれがこだわりのカスタムを持っている。私はもっぱらアイスラテ。朝のコーヒー代は、ただの嗜好品ではない。外に出るきっかけになり、人と話すきっかけになり、新しい世界に繋がる投資だと思っている。コーヒーについては、またいつか詳しく書く。
European Settlement — 1788年〜
1788年、イギリスによる入植が始まった。囚人の労働を基盤に道路が引かれ、港が整えられ、街が作られていった。オーストラリアの都市の歴史はどこも驚くほど似ている。そして都市の名前が先住民の言葉に由来することも同じだ。説明板には数行でまとめられ、博物館では過去形で語られる。現在形で生きている人たちの存在は、日常の風景からはほとんど見えない。
Student Visa — Work Rights
2週間で48時間まで。介護の時給は約33ドル、週末・夜勤手当を加えると生活するには十分だが、授業料まで賄うのはほぼ不可能だ。それでもオーストラリアの留学生たちは逞しく生きている。
Daylight Saving Time — 州によって異なる
国内で時差があること自体、日本人には違和感がある。さらに州によってサマータイムの有無が違う。クイーンズランド州は採用しておらず、隣のニューサウスウェールズ州は10月から4月に時計を1時間進める。法律も資格も運転免許も、州を越えると無効になったりする。もはや別の国。ややこしい。
